『沼地のある森を抜けて』読了(去年の大晦日)

 うう、梨木香歩は怖ろしい人だ。こんな小説ありなのか?まるで無法地帯だ。頭の中をグルングルンに引っかき回されてしまった。この作品は私にとっては衝撃的と言っていいくらい面白かった、というか感動した、というか打ちのめされた。しかし、誰にでも勧められる本かというと、そうではない。ポイントは三つある。ひとつ、生物学、特に「発酵」と「生殖」に興味と知識がある。ひとつ、年齢は三十歳以上で、今までの自分の生き方に疑問を持っているか。ひとつ、人間関係(特に家族との)にトラウマを持っているか。この三つの条件にに全てあてはまらないと、この小説の持っている力を100%受けとめることができないと思う。
 それを覚悟の上で、紹介する。主人公・語り手は上淵久美という三十代(たぶん)の独身女性で、企業の研究所で製品の成分分析の仕事をしている。両親は彼女が大学生の時、交通事故で死んだ。母親は三人姉妹の長女だったが、その妹(久美にとっては叔母)が亡くなった時から奇妙な運命に直面することになる。葬儀も済んで、久美は亡くなった叔母が独りで住んでいたマンションの部屋を相続することになったが、それには奇妙な条件が付いていた……。それはその部屋にあった先祖から伝わる「ぬか床」を久美がこの先ずっと管理するということだった。なぜ?しかし、久美は嫌でも毎日野菜を漬け、「ぬか床」を掻き回さなくてはならなくなった。そうしないと「ぬか床」が「呻く」からだ。さらに、いつの間にか「卵」のようなものがぬかの中に現れ、あろうことかそれが孵化して、透明で触れることのできない小学生くらいの男の子になってしまったのだ。困惑しながらもその少年の世話をするうちに次第に母性のような情を持ち始める久美は、一方で事態の真相を追及し始める。そこに久美の幼なじみ「フリオ」がやってきて、その男の子を「光彦!」と呼ぶ。光彦は小学生の頃いじめられていたフリオを救ってくれた転校生だったが、彼は……。
 そして、久美は全ての鍵である先祖の生まれた島、そこにある沼地を目指して旅立つことになる。「ぬか床」の中で営まれる発酵と、それを行う酵母の秘密を明かすために。
 今、「恋愛」・「結婚」・「出産」は人生の中で誰もが経験するべきものと世間の多くの人は思っている。一方で、そのようなものは必要ではないと考える人も増え、それが少子化の進行につながっている。だが、生物の歴史の中で、「生殖」とはどんな意味を持っていたのかという視点で考えると、必ずしも「有性生殖」は当たり前のものではないのだ。
 さあ、このめくるめく奇妙な冒険の結末には何が待っているのか?あなたは知りたくありませんか?