日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で

日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で

やっと読み終わった〜。(面白いのだが、まとまった時間がないと読めないタイプの本なので)内容は題名に集約されているのだが、まず言語を「普遍語」「国語」「現地語」に分類して、それらの関係と歴史的な変遷を分析している。そして現在は、「普遍語」としての「英語」が猛威をふるっていて、多くの「国語」が亡びつつある時代であると考え、その中に「日本語」も含まれていると警告している。と書くと、よくありがちな評論のように思えるが、全体の流れを支えている部分部分に興味を引かれる。たとえば、「話し言葉」と「書き言葉」は全く別のものであるとか、「二重言語者」とか、「叡智を求める人」は「普遍語の図書館」に入ろうとするとか、日本の古典文学の価値が認められたのは近代に入ってからであるとか、国語の教員としては思わずうなってしまう所が満載だ。また、インターネットの普及を視野に入れているのも新しい。ただ、最後の、解決法として、国語の授業時数を増やせという点には納得がいくが、教科書は使わないで、近代の文学をとにかく読ませろというのは個人的にはひっかかった。現代の文学は(確かに近代の文学と比べれば最近の文学は見劣りがするのだが)「読まれるべき言葉」にあらず、というのは言い過ぎのような気がする。(私は村上春樹が好きなんだよ〜)