村上春樹『東京奇譚集』読了

東京奇譚集

東京奇譚集

いいなあ。しばし現実を忘れさせてくれる。短編集としてのカラーが他のより統一されていて、また、今までになく、「入りやすく」分かりやすい感じがする。色彩としてはモノトーンぽく、派手さがない分、抑えられた人生への哀惜がすんなりと伝わって来る。
「偶然の旅人」ゲイをカミングアウトしたことで、静かな生活を得られた代わりに、大切な姉と音信不通になったピアノ調律師の話。最後に互いの本当の思いをぶつけ合うところが、ああそうか、人間の関係の一番大事な要素は「タイミング」と「無条件の受容なんだ」と気付かされる。
「ハナレイ・ベイ」サーフィン中の息子が鮫に襲われて死亡した女性がその悲しみと付き合いながら、納得できない思いから抜け出せない話。少し泣ける。
「どこであれそれが見つかりそうな場所」今回の中では何回の部類だが、一番感情移入をしてしまった話。マンションの26階と24階の間で忽然と消えてしまった男の残した痕跡を探す主人公。しかし、本来の目的はそこに何かを見つけ出すことにある。それが見つかった時主人公が何をしようとしているのか不明だが、なんとなく怖い印象がある。
「日々移動し続ける腎臓の形をした石」若手の小説家の前に現れた、正体不明の女性「キリエ」彼女に惹かれていく主人公だが、それを切り出すことに大きなためらいがある。それは、かつて父から言われた「男にとって本当に意味のある女性は一生に3人しかいない」という言葉だった。すでに、その一人を失った彼は、はたしてキリエを2人目として受け入れることが出来るのだろうか。
というわけで、とても感じのいい本でした。それと同時に、人生で競争や成功にとらわれるより、自分が本当に「楽しめること」を見つけることがいかに大事が静かに語りかけてくれるところが好きです。
あ、忘れてた。「品川猿」これは、じわじわと怖い。他のとちょっと感じがちがいます。でも一番面白い。
みなさんも是非読んでください。火曜日には図書室に返します。