終わって、終わって、そして終わる

 リアルタイムで追っかけていたものが終わっていくのはエキサイティングだけど、寂しい。目の前の餌を追っかけることでやっと歩を進めているような時には特に。
その1、萩尾望都バルバラ異界
その2、ガンダムSEEDディスティニー
その3、岡野玲子陰陽師
1と3はもう1回、頭から読み直さないとまとめられないので後日。(と書いて続きがあったためしがない)
 「種デス」は書くよ。ラスト前で、やっと対立軸が見えた私。(半分以下しか見てないんだよ〜)タリアVSマリュー、シンVSアスラン、レイVSキラ、デュランダルVSラクス、この決着と物語全体の決着、全て収斂させるのか?遅まきながら「これはスゴイのでは?」とトキめいて、最終回は録画までして見たよ!でも、あと1回でこれが全部片付くの?という疑念はあった。案の定、1回目は(恥ずかしいけど3回見たんだよ)「え、これでいいの?」というのが正直なところ。しかし、3回目、ラスト前と連続で見た時、「ああ、やっぱり見て良かった」と思えた。まず、「明日」というキー概念が明確に提示され、そこに向かう視線が多面的に絡み合ったまま、単純な決着を敢えてつけなかったこと。特に、タリアが「明日の可能性」を抹殺しようとして破れた2人の魂を、自分の存在を賭けて救済する場面には泣かされた。そして、シンの前に現れたステラの幻像が、「過去」を慈しむことが「明日」を生きる者の生の意味を提示する場面。これは萌えた〜。結局、人間に未来への不安が存在する限り、「明日」をめぐって人間は愚かな戦いを繰り返す。だからといって、それを抹殺するのは、人間の生の可能性をも否定することだ。だから、一見「戦争肯定」ととられかない結末に、それぞれの視聴者が何を読み取るか、そこにこの作品の意義はあると思われる。
 でもさ、気になる部分は多々あるんだよね。今回のメインキャラだったはずのシンとアスランが、その最終場面に何でからんで来ないのか。デュランダルを問いつめる場にこの二人がいないことはとても片手落ちな気がする。また、なぜ議長がラクスを目の敵にするのかもはっきりわからなかった。議長の背景も。総体として、この2回の展開は5回ぐらいの長さでじっくりやって欲しかった。
 単なる憶測ですが、「SEED」第三部は必ずあるでしょう。議長の背景もしかり、種割れの謎もしかり、そして、種割れとはまた違った、「ニュータイプ波」の出現。主要人物もまだみんな生き残っているし。次はイザークにももっと活躍して欲しい。
 最後に、テロで始まり、大量破壊兵器で終わったこの物語、今という時代が語らせるのか、作る側のメッセージなのか、この点についてはまた後日。