読み終わったのは昨年末、面白かった本ベスト3に入れるか入れないか最後まで迷った作品。(つまり『アフターダーク』といい勝負だったということ)

家守綺譚

家守綺譚

一つの話が5ページぐらいの連作短編集(全編書き下ろし。つまり雑誌連載の単行本化ではなく、作者がほとんど趣味みたいに少しずつ書いていったものらしい)。全体で28話、全部植物の名前がタイトルになっている(サルスベリ、都わすれ、ダァリヤ、など)。全部主人公の「綿貫征四郎」が書きとめたものという体裁になっている。それぞれの話は独立したエピソードだが、少しずつ連続性がある(私はこういうのが一番好き。『ポーの一族』とか、『戦闘妖精雪風』とか。しかも途中で、同じ作者の別の本の主人公の名前が現れたりするのが心憎い)。舞台は今から百年ほど前の、(と言うとずいぶん昔なんだと思うでしょうが、それほど今とかけ離れた雰囲気ではない)一軒の古い家。主人公は売れない物書きで、苦しい生活をしていたが、ひょんなことから学生時代に亡くなった親友の高堂の実家を「家守り」して欲しいと頼まれ、一人でそこに住まうことになる。住んでみるとこれがなかなか奇妙な家で、床の間の掛け軸から白鷺が抜け出して、庭の池で魚を狙っているかと思うと、なぜかボートに乗った高堂が(ボートで湖に漕ぎ出したまま帰って来なかったのだ。死体が見つからないままもう十数年たっている)ひょっこり現れて、「サルスベリのやつが、おまえに懸想をしている。」などと言い出す(サルスベリ、これがかわいいやつなのだ。ちょっと色っぽいし)。そこから、人間と、植物と、妖怪(?)とが夢うつつの間に交流を始める、そんな不思議なお話。
まだ日本人が、移り変わる季節を感じつつ、自然と対等なおつきあいをしていた頃のノスタルジックな雰囲気がとてもよく描かれている。タッチは単調な線で書いた淡いペン画といった風(倉田江美のマンガみたいな感じ、私が思うに)、だから初めは「なんか、いつもの梨木香歩の迫力がないな」と思っていたけど、じわりじわりとその世界に引っ張り込まれてしまった。読んでいるうちにだんだん、植物や妖怪が妙に人間ぽく、逆に人間が妖怪ぽく思えてきて、ああそうかも知れない、みんな一つのものなんだ、という気持ちになる。そして、生と死、夢と現実の境さえもあやふやなものなんだと気付く。何か、夏目漱石の「夢十夜」や「永日小品」に連なっているとさえ感じる。
おすすめです。